清田地区町内会連合会は10月30日(木)、地下鉄清田延伸をテーマに役員研修会を清田区民センター視聴覚室で開催しました。
地下鉄東豊線建設促進期成会連合会(会長:牧野晃清田町連相談役)事務局長の川島亨氏が、地下鉄延伸のこれまでの経緯や、最近の札幌市の動きおよび秋元市長の発言などを紹介しました。
清田町連役員や清田地区の各町内会の役員ら30名が参加しました。
川島氏は、板垣市長時代の昭和54年(1979年)に東豊線を清田方面まで建設することが発表されたことから説き起こしました。
板垣市長後継の桂市長は2001年、「清田まで延伸を検討すべし」と表明をしましたが、次の上田市長になって「清田は採算性に難がある」として延伸を事実上凍結。
上田市長時代の2012年、市が策定した札幌市総合計画は「交通基盤の骨格構造(地下鉄のこと)はこれからの都市活動を支えるうえで、大幅な拡充は要しない水準に達している」と記載しました。これは「もう地下鉄清田延伸はやらない」と宣言したようなものでした。
この頃から数年間が地下鉄期成会にとって最も大変な時期でした。上田市長は「採算性」を唯一の判断基準にして「延伸は困難」と言い続けました。

秋元市長に延伸を要望する地下鉄期成会代表団(右側)=2025年10月27日
しかし、地下鉄期成会はその後も毎年、「公営交通は採算性だけで判断するべきでない」と、粘り強く清田延伸の根拠や正当性、まちづくりの提言等を記した要望書を市長に提出し、延伸を求めてきました。
この結果、近年、上田市長の後を継いだ秋元市長の発言に変化が見られるようになっていることを川島氏は紹介。前向きともとれる発言に変わってきたのです。
今年10月27日に秋元市長に期成会が延伸を要望した際、秋元市長は「清田延伸の構想・計画を市が止めたわけではない。市として今も清田延伸の計画は持っている」「地下鉄延伸は採算性だけで語れるものではない」「千歳方面の半導体などの起業集積等を見ながら新しいデータで検討を進める」とまで期成会側に発言したのです。

秋元市長「思いは同じ」=2024年7月、清田ふれあい区民まつり会場
秋元市長は近年、地下鉄延伸の「思いは同じ」と再三、発言するようになりました。
2012年の「札幌市総合交通計画」で「交通基盤の骨格構造は、大幅な拡充は要しない水準に達している」と清田延伸を凍結した当時を想えば、随分と市の姿勢が変わってきたのは事実です。
地下鉄期成会と清田区民があきらめずに頑張ってきた成果だと川島氏は力説しました。
札幌10区で地下鉄またはJRがないのは清田区だけです。このため、地域中心核が形成されず、住みやすいまちづくりも進まない状況です。このため、期成会は区役所のある清田地区に「地下鉄清田駅+バスターミナル」の交通結節点を設けることを粘り強く何年も要望してきました。
清田区が1997年に誕生し、清田区のまちづくり計画として区は「清田区まちづくりビジョン」を策定しました(1999年3月)。そこには福住から清田までの地下鉄建設が明記されたのです。しかし、区誕生から28年経っても地下鉄延伸は実現していません。この「清田区まちづくりビジョン」はほったらかし状態になっています。
また札幌市は昭和59年(1984年)に供用開始した里塚斎場(火葬場、里塚霊園内)を建設した際、地元の同意取り付けに「地下鉄を清田まで延ばすから」と約束していました。今、それを反故にしたまま、新たな斎場を里塚霊園内(円形広場)に建設する計画を進めようとしています。これについても、「約束を守って地下鉄を建設するのが先だろう」との声が地元で上がっていることも紹介しました。
研修会では、以上のことが分かりやすく説明されました。今年夏に期成会が作ったPRパンフも配布され、参加者からは「とても分かりやすかった」と好評でした。
地下鉄延伸に向けて市を動かすのは地元世論の高まりです。川島氏は「町内会などで呼んでいただければ説明にうかがいます」と述べて、お話を終えました。
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